睡蓮亭銃声

そしてロウソク。ロウソクがなくてはね。

2022年よかったものまとめ【漫画編・映像編・その他編】

 2022年よかったものまとめ【小説編】 - 睡蓮亭銃声

 前回の記事の続きです。新年早々作業量への見通しが……見通しが甘い……。

 こちらも新作・旧作の区別はなし。

 

【漫画編】

 

高野ひと深ジーンブライド』

・情報誌のライターをやっている女性のもとに、かつて同級生だった男が唐突に尋ねてくる。二人は馬が合わないながらも、片方は日々降りかかるセクハラや変質者騒動へ、もう片方は発達障害(それもおそらく、自閉症スペクトラム方面)を持つ人間がぶつかるバリアや生きづらさへ、力を合わせて立ち向かっていく。──という、現代社会をかなり辛辣に批評するお話なのかと思いきや、一巻ラストに至って、物語のカードの裏面にまったく思いがけない話が並行して展開されていたのだと開陳される。これがものすごい。

・というわけで、この漫画についてどうのこうの言う際には、とりあえず一巻丸ごと読まなくちゃいけない。

・かなり鋭くて苦いお話で、読んでいて肩身が狭くなるというか、ここで描かれているような配慮のなさをいつかどこかで無意識にやっていやしないか恐ろしくなる。けして読んでておもしろいというだけの漫画じゃない。のだけれど、どういった結末にたどり着くのか、最後まで見届けたい、そう思わせてくれる力強い漫画。

 

木崎ひろすけ/カリブ・マーレイ(狩撫麻礼)『少女・ネム

・いわゆるワナビー、創作者志望の人間が創作者の領域に一歩踏み出すお話。

・未完の作品だ。作画の方も、原作の方も、どちらも亡くなっている。

・物語そのものも、主人公の内気な少女が本格的に漫画の世界に踏み込む数歩手前で途絶している。

・それでいてなお、迫りくるものがある。

・よいワナビーものの作品というのは、一読して、ほんの少しでも創作の意志をうちに秘めている人間が、わけのわからない衝動にかられ、いてもたってもいられなくなってしまうようなものだと思う。その点で言えば、これは未完の作品であってなお、最良のワナビー漫画である。

木崎ひろすけ先生はほかに『A・LI・CE』も読んだけれど(こちらはきれいに完結している)、これも良かった。両作家の死没を心より悼む。

 

内田善美『空の色ににている』

・京都国際漫画ミュージアム谷口ジロー展を観覧しにいった際に、蔵書にあったので読んだ。

・圧倒された。

・あらすじをまとめてしまえば、他愛ない話のように思える。陸上部に所属する主人公は、優秀な長距離走者ではあるのだけれど、どこかぼんやりした読書家でもある。彼が図書室で借りていく本の図書カードにはいつも同じ名前が先んじて記名されていることから、その少女に惹かれていく。だが彼女にも想い人がいて、それは画家志望の男である。二人は彼のアトリエに誘われ、主人公もまた彼に好感を持つ。ところが──、……。

・と書いても伝わらないんだよな。こればかりは実物を読んでもらうしかない。ないのだが……、今では読む手段がほとんどないのが困る。ともかく、細緻な描き込みにとにかく圧倒される。後半、歪な三角形の一角から不意に一人が去ってしまうのだが、それでいてなぜか、三角形は破綻することなく、バランスを保ったまま存在し続けていく。不在の一角に誰かがなおも存在しているように錯覚させる。

・『星の時計のLiddel』を読んだ時にも思ったけれど、この作者は幽明の世界を過不足なくかき合わせる腕が異次元だと思う。

・いまだに復刊や愛蔵版の話が聞こえてこないから、なんらかのトラブルがあるのだろうけれど、この作家の作品が再販されるなら、少なくとも私は出される作品は全部購入しようとかたく決めている。


阿賀沢紅茶『正反対な君と僕』

・『スキップとローファー』が苦味や副作用を逆手にとって薬効に換える漢方薬的な存在の青春漫画だとしたら、こちらはそういった劇薬を極力使わない調合薬の味わいがある。みんな違ってどちらもいい。ただ疲れた日にはこっちのが飲みやすい。

・ただ、この手触りの丸みに至るまでには、とんでもなく微細なカッティング技術があるのも見当がつく。匠の至芸。

・作者の過去作、書籍にならんかな……。

 

こかむも『クロシオカレント』

・こかむも先生には世界を支配してほしいなと心から思っているし、世界なんてばっちいもの支配するなんてかったるいことせず気ままにやっていてほしいなとも心から思っている。(据わった目で)

・『京騒戯画』とか『フリップフラッパーズ』みたいな、元気のよろしい奇天烈なカオスがやがて収束していく話になりそうで、そうであるならば、もう白旗を振るしかない。そういうお話大好き。

・っていうか、身も蓋もない話をすると、こかむも先生の絵のタッチがそもそも好きなので、ベタ甘な評価しかできない。

・これを書いている人間は、いい加減新興ライトノベルの一巻にありがちな「異常な世界に身を浸して平静を装っていられる主人公こそがもっとも異常な存在だった」系どんでん返しのネタに痺れるの、止した方がいいっすよ。はい。はい。ようく存じております。

 

伊藤勢田中芳樹『天竺熱風録』

・痛快娯楽漫画。ただただ読んでいて愉しい。

・日本でも有数の乗馬アクション描写の巧さ。ほぼバイク。

伊藤勢、『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』や『荒野に獣慟哭す』もちらっと読んで、確固たる実力者であることは間違いなく分かるのに、現状のこの手に入れづらさはちょっと問題があると思う。

 

panpanya『模型の町』

panpanya先生は、一見するといつも同じような話を描いているようにも思えるのですが*1、よく見てみると、「グヤバノ・ホリデー」の連作や、「筑波山観光不案内」、「スーパーハウス」など、少しずつ模索の領域を押し拡げているようにも感じています。し、私はそれは好ましい動きだなと捉えています。

・それにつけても「夜ぼらけ」はいいよな。

 

イトイ圭『花と頬』

・去年読んだ漫画のなかではこれがベストだったように思う。

マイナーメジャーくらいのバンドマンを父に持つ文学少女、そのバンドのファンであるのっぽの青年。図書室で文章のやりとりを交わすうちに、二人はお互いに好意を抱きはじめる。が、どちらもその想いに消極的なのは、相手が好きなのは私ではなく父なのではないかという疑いがあるからであり、過去の経験から女性と交際することに底知れない恐怖を感じているからだ。そんな二人と、その周りの人たちのままならなさや、不器用な親切を、最低限の説明と淡いタッチで活写し切っている。

・必要十分な分量の物語だと思う。年末に出た番外編漫画*2にものたらなさを感じるぐらいには。

・『ナインストーリーズ』も粒揃いの短編集だったけれど、私はこっちのが圧倒的に好きだな。

 


いしいひさいち『ROCA 吉川ロカストーリーライブ』

www.ishii-shoten.com

・ネット通販というものが未だに億劫なんですが、この作品でもそれでウダウダやっていたのはマヌケの極みでしたね。

・間違いのない名作です。

いしいひさいち先生が天才であることは昔からよく知るところでしたが、ここまで一本筋の通ったストーリー漫画を描いても巧いのは参りました。少なくともNo.67の回くらいまでは新聞連載の上でやっていたはずで、とすると相当無茶なことをやっている。まあでもチャールズ・M・シュルツも紙上でスヌーピーが一族再開したり連載中ただ一度だけチャーリー・ブラウンがホームランを打って狂喜するエピを仕込んだりしていたので、長期新聞連載という形式は時々思いもよらないような作品を創出する実験場なのかも知れない。

・『となりのののちゃん』発の連作エピ、〈月子さん〉の話とかもどこかで拾ってほしいよね。

いしいひさいち先生についてはどこかで総浚いをして業績をまとめておきたいという気持ちが数年前くらいからずうっと燻ったままです。いつかは。

 

五十嵐純『ドミナント

・2022年つづきが気になる漫画ベストワン。そして無事に作者の想定するところまで続いてほしい漫画ベストワン。

・ぞっとするような不穏の描写の的確さもいいのだけれど、それ以上に、ギャグのふにゃっとした手触りがこの二面的な漫画にそのまま使われているの、異次元の才能だなって思う。

・目が離せない漫画。危うさを含めて。


安田佳澄『フールナイト』

・とにかくおもしろい。

・こういう容赦無くえげつない作品、苦手になることが多いのだけれど、不思議と読み進めることができている。不思議。

 

熊倉献『ブランクスペース』

・漫画表現において、余白というものを表現の世界に招き入れるという、史上一回こっきりしか使えないような禁じ手的な演出を見事に利用し切ったお話。お見事でした。

・最終、空白の産物たちがビジュアライズされたことはちょっと寂しかった気もする。


谷口ジロー関川夏央事件屋稼業

・雰囲気だけの漫画なんじゃないかという杞憂があったんですが、節穴でしたね。そもそも後年〈『坊っちゃん』の時代〉シリーズを立ち上げる俊英コンビだという当たり前の認識が抜けていた。

・ハードボイルド連作なのだけれど、ちゃんと一話単位でしっかりとしたミステリのネタとオチがあり、キャラの造形は深掘りされ、ときに時代を描写し、バラエティに富み、キメる時はしっかりとキメる。とにかく単話ごとの読了時の満足感がすごい。

・脇役も印象的な人物が多いなか、しっかりと時代を進ませ、あるキャラが終盤あっけなくこの世を去るのがとても印象的。

 

久保帯人BLEACH

・リアルタイムで周りのいろんな人が狂っていた理由がよ〜〜〜〜くわかった。

・面白さ、膨大にあるはずの描ききられていない設定の存在感、ときどき悪趣味だったりするところや週刊連載っぽい粗の部分まで、すべてひっくるめて、読んで教室の友達と語り合いたくなるような作品なので、いい少年漫画なのだと思う。

 

【映像編】

 

 全然見れてねえや。猛省。今年は映画館にちゃんと通いたい。アニメもまともに観たい。

 

『地球外少年少女』

・後半の展開に言いたいことはある。あるんだけれど、それでもなお、今時めずらしいくらい真っ向からジュブナイルSF成長譚をやってくれて素朴にうれしかった、という気持ちが強い。

・あとそもそも前半で釣り銭ドバドバなくらい加算がすごい。

・『プロジェクト・ヘイル・メアリー』もだけれど、未来技術で希望を語ってくれたことへの感謝もある。

 

ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

www.amazon.co.jp

・友人から押し付けられて借りて観た。その節はお世話になりました。

・高咲侑という視点人物の創出が最もテクニカルな点なのだと思う。ラブライブよく知らんけれど。

・競技ジャンルの歴史の中で競技性をあえて選択しないこと、自分らしさとは、という部分を作中でずっと考えてくれていてよかった。

 

『TAROMAN 岡本太郎式特撮活劇』

なんだこれは!(それ以外に言うことある?)

・上述のワナビーものの要素がしれっと仕込まれているような気がする。

 

『Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-』

・2022年出会えてよかった映像先品ぶっちぎりのベスト1。

・目に映るすべてのものがメッセージ。

・すてっぷn DIYって、どこかで・いっかい・ゆっくりはなすきかいをもうけたいね。

・この文章を書いてる人が田野大輔先生みたく急に本棚とか作りはじめたなら、察してください。

・我ながらなぜこの作品にここまで心動かされたのか、自分でも見当がついていないのが困る。

 

 

【おまけ・その他編】

 

2022年の創作

・ストレンジ・フィクションズという所属の同人小説サークルにて、短編小説を二本(うち一本は今年出ます)、エッセイを一本書きました。

・ ……それだけ!!?!? はい、それだけです。今年は同人にとどめず頑張ります。

・同棲関係にある一組の女性とクラシカルな架空のピンボール・マシンのお話、サークルの先輩であるミステリ小説家・犬飼ねこそぎ先生の思い出話、ロス・マクドナルドに着想を得た(?)海辺の街の射殺事件を調査するハードボイルド・ミステリ、の三本です。

・詳しくはこの辺をご参照ください。(BOOTHの在庫は死滅しているが……)

note.com

strange-fictions.booth.pm

・紙月真魚という書き手にご興味のある奇特な方がいらっしゃいましたら、どなたでもお気軽にお声がけください。

 

ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』

・一昨年の末から初めて、半年くらいずっとハマっていた。久しぶりに買い切りのゲームにここまで熱中した。

・ハマりすぎてやばいなと思い、無理やり厄災ガノンを倒しに行った。ジャスガが下手すぎて泣きそうになっていた。ありがとうウルボザさん。

・最初の一週間くらい、はじまりの台地でずっとバッタと薪を集めていたような遊び方をしていたけれど、とにかく愉しかった。終盤巻くためにちょっと攻略サイトを参考にしたことを今でも悔いている。あれは自力でどうにかするべきだった。

・臆病なりに準備をちゃんとすればどうにかなる塩梅がとにかく心地いい。

・でも次作にはレシピノートは付けてくれ。頼むから。

 

『舞台 やがて君になる encore』

yagakimi-stage.com

・友人がチケットを用意してくれたので、観に行った。その節はありがとうございました。

・3時間でやが君を注ぎ込まれて、ほぼ臨死体験に近かった。

礒部花凜さん演ずる佐伯沙弥香さんが完璧で、実在性、となっていた。

・これに備えて仲谷鳰作品をいくつか再読し、この人はずっとオルタナティブな存在について考えているな、とようやく気がつき、その点に関してもよかった。

 

This is 𝒉𝒂𝒓𝕞𝕠𝕖 world

1st LIVE TOUR「This is harmoe world」 | EVENT|harmoe オフィシャルサイト

・終演後、熱に浮かされて岩田陽葵さんのブロマイドを購入したことはクラスのみんなにはナイショだよ。

 

辞めたバイト先がいつの間にか潰れててバイト代が二ヶ月分未払いになった経験

・笑うしかない。

債務整理にあたっている弁護士さんからの連絡は今でも待っているけれど、期待はあんまりしていない。

・周りの人が全員かわいそがってくれて、優しくしてくれたので、悪いことばかりではなかった。優しくしていただいた周りの皆様、本当にどうもありがとうございました。

・一生ネタとして擦っていくことで体験の原価滅却を図ろうとしている。ので、ここにも記しておきます。

 

原神

genshin.hoyoverse.com

・楓原万葉……………………。

 

 

 こちらからは以上です。

 2023年も能動的に良い年にしていきたいですね。

*1:商業デビュー作の『足摺り水族館』を除く

*2:

あなたとは眠れない (楽園コミックス)

 悪くはなかったのだけれど、スピンオフの話に関しては、中心となるエピを欠くと流石に言葉足らずな感になってしまったように思えた