睡蓮亭銃声

そしてロウソク。ロウソクがなくてはね。

2022年よかったものまとめ【小説編】

 あけましておめでとうございます。

 新年早々、濃厚接触者となって引きこもっています。ひどい年始や。

 

 昨年度末は新しいバイトをはじめたり、十日くらいで短編小説をでっち上げたり*1、『BLEACH』を全巻読んだり、ホームパーティー兼忘年会に使われる友達の別荘を大掃除したり*2、いろいろとてんてこ舞いだったため、こんなタイミングで年度まとめがポップすることと相成りました。

 ふりかえってみると、たいしたインプットはできていません。反省。本年度はもうすこし色々なものを意識的に摂取していきたいと思います。忘年会の席でも「お前は勉強が足りてない」と言われたことですし……。

 新作・旧作はごちゃ混ぜです。おおよそぶつかった順となっています。挙げたタイトル以外にも、印象深かった作品は山とありますが、今はとりあえずこれくらいで。

 

小説・エッセイ

津村記久子『現代生活独習ノート』

・敬愛する津村記久子先生の最新短編集。

・緩い連帯をむすんだり、ぐうたらでダメな自分なりにとにかく生活を続けること、ともかくどうにか生きていくことをユーモアとペーソスで静かに肯定的に描く話が多い。

・個人的にはやや実験作の多かった『サキの忘れ物』(表題作がとてもいい)よりこっちのが良かったな、という印象がある。

・津村先生は同年に出した『やりなおし世界文学』もものすごい労作で、これも素晴らしかった。ものすごくためになるブックガイド。単体で読んでもおもろい。

 

グレアム・グリーン『情事の終わり』上岡伸雄訳

・探偵小説的な筋書きで描かれる三角関係の話……なのだけれど、終盤に至って、人間関係の線上にある存在が登場/召喚され、そうか、こういう話なのか、と味わいがガラリと変わるのがおもしろい。

グレアム・グリーンはこれと『第三の男』を読んだきりなのだけれど、文章がとにかく簡潔・的確で、わりかし辛辣で、読みやすいし読んでいて愉しい。他にも読んでいきたい。

 

ジェイムズ・ヤッフェ『ママは何でも知っている』小尾芙佐

ポケミス版で読んだ。

・いわゆる安楽椅子探偵ものの推理短編集。

・殺人課刑事の息子とそのインテリな奥さんが、金曜日夜のディナーの席で受け持ちの難事件について推理し合うのだが、いつも真相を指摘するのは実学派のお母ちゃん、という型に沿ったお話。

・とにかくミニマルなパズラーの完成度が高い。事件の概説、推理のスクラップ&ビルト、名探偵の奇妙な質問、ピシッとした消去法推理と意外な犯人、という要素がどの短編にも綺麗に詰められている。

・2022年に読んだ本格ミステリのなかでもかなり満足度の高い本だった。

 

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』小野田和子

・2022ベストページターナー

・できればあらすじをなにも知らないまま読んでほしい本。カバーも帯も外してほしい。

・ただその姿勢でいると紹介がでけんのよな。というわけで無理やり紹介してみる。

・主人公が目を覚ますと、自分が直前の記憶を失い、そのうえどうも奇妙な環境に身を置いていることが徐々に判明してくる。かれは何者なのか? ここはどこか? 自分はなぜここにいるのか? 湧き出る疑問を持ち前の知恵と知識で解決し、調査のあいま過去を思い出していくうちに、とんでもなくスケールのでかい使命を背負って自分がここにいることを再認識する……と可能な限りぼやかしたあらすじが、1/4くらいか? ここからもすごい。

・作者の過去作(『火星の人』)を読んだ際も思ったけれど、とにかく、「科学技術は未来をよりよいものにできる。というか、してみせる」という力強い姿勢が作品の芯になっていて、ときどきちょっと強引な気もするんだけれど、一読して不思議と励まされたかのような気分になる。ただの楽観主義ではないところもミソ。

・以前、SF系のイベントで耳にした「ホープパンク」ってのはこういうものなんだろうか。

 

夢枕獏板垣恵介藤田勇利亜『ゆうえんち』

・2022年は個人的には夢枕獏イヤーだったのだけれど、それが始まったきっかけがこの作品。

・簡単にいうと、『刃牙』シリーズでやる大乱闘スマッシュブラザーズ*3。著・夢枕獏。ゲストキャラで『餓狼伝』の登場人物も出てくる。

・死刑囚編に出てくる強敵・柳龍光。脱獄犯であるかれは作中、再収監されることになる。だが、超厳重な警備をものともしない最悪の凶悪犯を誰が捕まえたのか?

・そんな話を、夢枕獏のおっちゃんがニコニコしながら囁きかけてくるのだ。おもしろくないはずがない。

藤田勇利亜によるイラストがガンガン使われていて、ほとんど漫画のようにスッと読めるのもいい。

・とある人から「創作に悩んでるんだったら読むべき」と勧められ、ホンマかいなと疑いつつ読んだら実際どうにか一本書き上がった*4ので、そういう意味でも夢枕獏先生には感謝しかない。

・でも五巻の結末についてはいまだに言いたいことある。おいッッッ!!!!!!!!


泡坂妻夫『煙の殺意』

・短編小説と本格推理、二つのステータスが極限まで高められると、理で落ちたはずの物語のはずなのに、かえって〈奇妙な味〉調の後味がのこる。妙技。

 

夢枕獏神々の山嶺

・漫画を読み返し、原作を読み、アニメ映画を観て、とにかく何度もエヴェレストにアタックした年だった。

・深町誠という男のふらついた道程を追うのが好きだから、やっぱりアニメ映画版よりかは原作小説とコミカライズのが好きだな。

・これも2022ページターナー。次点。


山田正紀『神狩り』

夢枕獏先生がちょくちょく「『神狩り』はすごい」という旨の発言をしていて、そんなに、と思って積んでいたのを読んだらひっくり返った。

・神に抗うお話である。と言ってしまえばそれだけなのだけれど、俊英がデビュー当時抱えていたあらゆるアイデアをぶち込んで仕立てた小説であり、密度と熱量がすさまじい。だって開幕ヴィトゲンシュタイン先生が出てくるんだぜ……*5

・というか、このアイデア量をこのページ数にまとめきれている膂力がまたすげえ。矢作俊彦のデビュー作を読んで布団ひっかぶって絶望していた大沢在昌の気持ちがなんとなく分かる気がしてくる。

・とにかく無類におもしろい。続編も読まなきゃな……。


高山羽根子首里の馬』

アーカイブの話だ。それも、アーカイブ化されたはいいけれど、振り返られる機会がどうもないのではないか、という瑣末な情報、細部、歴史をそれでも記録するというのは、どういうことなのだろうと思索する話だ……と思う。

高山羽根子作品を読んでいると、ああ、おもしろい小説を読めているなあという気持ちに十全に浸れるからうれしくなる。


打海文三『Rの家』

・ハードカバー版で読んだのでこの表記で。

・容赦のない空転と停滞の話で、恋や夢はあまり報われず、人が時々あっけらかんと死んで、それでも残酷に時は進んでいく。ハードボイルド小説風の謎解きやワイズクラック、初期のポール・オースターの模写といったものがメタっぽい苦笑と一緒に行われ、それはずるくないか、と思いつつ、痺れてしまう。

・普遍的かどうかは怪しいけれど、今読んでも刺す鋭さを持った小説だと感じた。

 

A&B・ストルガツキー『ストーカー』深見弾

・2022年に読んだ小説の中でこれが一番おもしろかった。

・前述した『やりなおし世界文学』(津村記久子)を通読して最も読んでみたくなったのがこれで、一読して勘が冴えていたなと思った。津村先生、ご教示いただきありがとうございました。

・〈ゾーン〉と呼称される、異星の生命体が通過したことによってその場の物理現象や物体の化学構成が地球のそれとは異なるようになってしまった、明らかにやばい空間。そこに潜り込んで、命からがら貴重な物質のサンプルを獲ってくる人々がタイトルの意味である。

・色々とグレーな部分も多いし、命の危険もつきまとう、ハッキリ言ってかなりロクでもないが、それでも成功した際の実入りは馬鹿にならない仕事である。そんな仕事から逃れられない男の人生を描く。

・同業はろくでなしだらけ、横流しは法に触れていて、子供はストーカー仕事の影響かどうも普通の人間ではない。それでもなお、主人公はナットを投げ(見かけは普通でも目の前の空間の重力場がねじれている可能性があるからだ)、安全なルートを探し、道を切り拓いて、ほうぼうの体になりながらも帰還する。

・ガジェットはSFなのだけれど、汚れ仕事をして疲弊しながらも生きていく労働小説でもある。そこに無性に胸を打たれてしまう。

・こうして振り返ると、「現実はロクでもないが、そんなことはみんなとっくの昔に解っているし、いいからとにかく手や足や頭を動かして、前に進んでやろうとする」力強さに満ちたフィクションが好きなんだよな、と自分の趣味がわかる。それでいて、完全無欠とはいかないが、希望の光が差すくらいのビター・ハッピーエンドみたいなお話が好きなんだよな*6。『自転車泥棒』(※映画の方)とかいまでも苦手だ。

・泥に塗れる話ではあるんだけど、泥ぬたの方ばかり見つめてるわけじゃないのがいいんだよな、この小説。

・『裏世界ピクニック』とか『メイドインアビス』がなぜ生成されたか、いまではなんとなく理解できる。


エトガル・ケレット『あの素晴らしき七年』秋元孝文訳

イスラエルにおける七年間の生活を小説家が綴ったエッセイ集。

・息子がめっちゃアングリーバードにハマって困る話とか、飛行機の予約をダブルブッキングされてパニックで泣いちゃう話があって、その一方で軍務中に初めて小説を書き上げた話や、ミサイルが飛んでくる話がある。物騒な話と、生活のあるある話が併存している。不謹慎だけれど間違いなく興味深くて面白いし、はっと目の覚めるような省察が無造作に転がっている。恩寵と、エッセイの自虐の笑いが一緒くたにされていて、とてもいい本だと思う。

・もちろん、作者は自分の情けなかった部分は赤裸々に告白していて、それも好感度が高い。なんせこの文章を書いている人間は椎名誠に育てられたので……。

・2022年に読んだエッセイはこれと『じゃむパンの日』(赤染晶子が印象深い。


笠井潔『バイバイ、エンジェル』

・ある時代において宿命的に書かれるべきだった物語を書き上げた例なのだと思う。

・一読して呪われたかのような、とても印象的な、昏く、臓腑に響きわたるラスト。

・首無し死体が首無し死体であらねばならなかった理由がいい。

 

堀江敏幸『その姿の消し方』

・物語のコンセプト、作中作、捜査の手触り、ディテール、なにもかもがずるい。

堀江敏幸先生は、あわい、とか、よすが、といったものを掬い取って小説に仕立て上げるのが激烈に巧い作家であるのはわかっているのだけれど、それでも、野暮天ながら、ちゃんと解答のある捜査小説をいちど書いてみてほしい、と夢に見てしまう。

『雪沼とその周辺』もこの年に読んだけれど、これもものすごくいい連作短編集だった。無敵か?


青山文平『半席』

・全編ホワイダニットという、これはもしや自分に向けて作られた満漢全席なのではあるまいかと錯覚してしまうような素敵な時代推理連作短編集。

・タイトルの付け方がいい。一応の身分は得たが、お家が永続してその身分に就けるかはまだ確約されていない中途半端な立ち位置に在り、惑う主人公の青さを端的に表現していることが読み進めるたびにわかる。

・そして、そうやって己の在り方に惑っているのが主人公だけでなく、主人公が捜査する事件の中心にいる、「なぜそんな凶事を起こしたか見当がつかない人々」もであり、その共振から事件が解ける、という構図が美しい。

・最近どうも、川出正樹解説作品を読めば間違いないのではないか説が浮上している。


シヴォーン・ダウド『ロンドン・アイの謎』越前敏弥訳

・歳上の友人からいただいたので読んだ。その節はありがとうございました。

・おそらくサヴァン症候群らしい男の子が、遠方からやってきた親戚がロンドンの巨大観覧車に乗ってそのまま消えてしまった事件の目撃者となってしまう。すわ誘拐か、事故かと悲憤する家族や親戚を横目に、密室からの消失事件を解決するため、普段は折り合いの悪い姉とともに少年はにわかに捜査活動をはじめるが……。

・『夜中に犬に起こった奇妙な事件』や映画『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』が刺さった人間なので、もちろんおもしろかった。嬉しかったのは、『夜中に〜』がどちらかといえば冒険・成長小説的な色合いが強かったのに対して*7、本作は本格ミステリ小説としての手続をキチンとこなしきっていたところにある。密室からの消失という難題に仮説を立ち上げ、調査の上で検討し、しれっと敷かれた伏線を拾いあげて意外な真相にたどり着く。

・そうしたミステリの行程が、本作ではそのまま主人公の少年の特異性もまた有用なのだということを示す証明になっているのがいい。

ヤングアダルト小説として、家族や成長、社会へのまなざし、という要素も外していないのがすごい。年下の子供に本をすすめる機会があれば、胸を張って渡せる一冊になっていると思う。

 

 

 思っていたより大変だったので、【漫画編】【映像・その他編】に分けて更新しようと思います……。

*1:

ロス・マクドナルド没後40周年記念トリビュート発刊のお知らせ|ストレンジ・フィクションズ|note

*2:真面目にやりすぎて呆れた家主から賃金が出た

*3:板垣恵介先生側から範馬刃牙範馬勇次郎・花山薫は使わないでくれ、という縛りを提示された話があとがきにあったので、正確にはスマブラではないかも

*4:

『ストレンジ・フィクションズ vol.3:ゲーム小説特集』のおしらせ|ストレンジ・フィクションズ|note

*5:本来、語りえぬもの=形而上の存在を引き摺り出してシバきに行く話なので、読むとすごく人選に納得がいく。

*6:伊坂幸太郎が大学のフリーペーパーのインタビューで、『火星に住むつもりかい?』を書く際の心構えを答える際にこのあたりの似た話をしていたような覚えがある。『火星に〜』は伊坂作品の中ではそこまでいい出来だとは思えなかったけれども……。

*7:特殊な思考を持つ少年の文体表現としてはこっちの方が好きかもしれない