睡蓮亭銃声

そしてロウソク。ロウソクがなくてはね。

「タップ・トランスファーズ」についてのおぼえがき

・ちょっと前に、所属している同人小説サークル〈ストレンジ・フィクションズ〉の同人誌に「タップ・トランスファーズ」という短編を寄稿しました。今回はゲームをテーマにしましょう、というお題が出て、じゃあ前々から書いてみたかったことをこの機に書いてみるか、と書き出し、無事に難航しました。難航はしたものの、どうにか提出し、現在では無事に販売されています。

strange-fictions.booth.pm

・よろしければおひとつどうぞ。本体価格1500円になります。相変わらず謎の熱量が篭った変な同人誌にしあがっていて、おトクな一冊となっています。多分。

・この記事はその短編についてのメモになります。書くにあたってどんなことを雑駁に考えてたのか、という。本人がそのうち忘れるので……。

・内容をほぼ割ってしまうんだけれど、まあ、割れて困る話ではないです。

 

・漫画家のとよ田みのる先生の著作に『FLIP-FLAP』という、ピンボールと恋愛と求道をめぐるお話がありまして。これが昔からずっと好きだったんですね。センター試験帰りの精神安定剤にしたりとか、コミティアでとよ田先生ご本人にサインをいただきに行くくらいには。

・で、こんなお話を書いてみたいな、と思ったわけです。

・もちろんそのまま引き写しをするのは問題があります。

・というわけで、ピンボール・マシーンの上に二人の人間の運命を乗せて賭けるお話、というおおまかなコンセプトだけ拝借して書くこととしました。

・単純にメディアの違い(漫画と小説)もあるのですが、それ以前にわたしの方の筆力がそんなに無いので、結果的にほとんど別物になったと感じています。

・『FLIP-FLAP』のヒロインである山田さんは、自分の彼氏に立候補する人間に、あるピンボール台のトップスコアを超えた点数を叩き出すことを課題として提出しています。

 なぜ?

 わたしたち読者と同じ疑問を持った恋する主人公・深町くんは、彼女に問います。

「山田さんにとってあのハイスコはなんなんですか

そんなに意味のあるものなんですか?」

 彼女は深町くんの方ではなく、ピンボール台に向き合いながら答えます。

「無いです」

「こんな無意味なことを続けていて虚しくならないんですか?」

「なりません

 ただ 心が震えるのです

 深町さんもプレイして実感したと思いますが

 あのハイスコを出した人間はバケモノです

 そこにつぎ込まれた労力

 努力を考えると私の心が震えるのです

 何の見返りも無いのに

 無意味なのに

 孤独なのに

 あのハイスコを出した人間こそ…

 私の理想なのです」

・聖愚者というテーマについて考えることがよくあります。見返りを求めず、愚直に何かを続け、世間からは理解されず、馬鹿にされ、憐れまれ、身を持ち崩し、ついには目的を達成することができないとしても、ふしぎに超然とした表情を浮かべ、淡々と意志を、理想を貫き続ける人々。その内には何があるのか?

・このお話はそうしたテーマの好例のように感じられるのが、好きな理由のひとつです。

・子供のころにトルストイの童話を読んでそれなりに衝撃を受けたのが遠因なのかもしれない。

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・『白痴』とか『ゼロの王国』、『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』、『フォレスト・ガンプ』あたりの、こうしたテーマを備えた作品に脆弱性がある。『宇宙大帝ギンガサンダーの冒険』の結びの短編とか。周利槃特の逸話*1とか。

・おそらく、頑固者のお話が好きなんでしょうね。

・それと、個人的な心理面の問題がありました。

・「自分はこれまでの人生で、本気になって何かに取り組むことがあったろうか? なにもかも流されるがままにやってきただけじゃないんだろうか? 何かに熱中するための、エンジンのような内部構造を自身に構築せずここまできたんじゃなかろうか? そうであれば、今後、はたして何かに本気で取り組むようになれるのか? エンジンは今からでも組み上げられるのか?」というような不安を、わたし自身が持っていまして。

・これはある程度は解消されましたが、今でも残ってはいる不安です。

・こうしたくにゃくにゃした悩みを登場人物に引き継いでもらい、客観的にちょっと考えたりしてたのでした。

・そんな感じで、聖愚者の求道のお話と、私はまだやれるもんだろうかという不安のお話が合体事故を起こし、この短編が生まれました。素材の噛み合わせも悪ければ、自己セラピー的な部分もあり、そりゃ難儀するよな、という感じですね。終わってみれば。

・ピントが合わされるピンボール・マシーンを、実際は存在しない『L.A.コンフィデンシャル』にしたのは、まあ趣味ですね。終盤の熱中を高密度のクランチ文体で書くというアイデアもあったんですが、いかんせん実力が追いつかなかった……。

・心斎橋の地名が出てくるのは、THE SILVER BALL PLANETという実際にあるピンボール専門のゲームセンターが念頭にあったためです。とても楽しいところなので、ぜひ一度行ってみてください。百円玉が無限に無くなります。

silverballplanet.jp

・ここで『トミー』という映画原作のマシーンを触りながら構想を練ってました。作中に出てくる〈ウィザード〉はこの映画と、The Whoによるテーマソングが元ネタです。

・あとは細部の話ですね。

・深水黎一郎先生に「人間の尊厳と八〇〇メートル」という素敵短編があるのですが、これは個人的な感想を言えば、推理小説的なオチがつかない方が素敵だった、みたいな不満がちょっとありました。それも原材料になっています。とても納得のいくオチなんですけれどね!

・KMNZによる小沢健二「強い気持ち・強い愛」のカバーを聴くたびに、

長い階段をのぼり 生きる日々が続く
大きく深い川 君と僕は渡る
涙がこぼれては ずっと頬を伝う
冷たく強い風 君と僕は笑う

今のこの気持ち ほんとだよね

という歌詞みたいな百合があったらいいよなあ、という無い物ねだりが昔からずっとあって、周りを見渡してもそんなに思うものがなく、自給自足した、という面もあります。

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・文体の舵をとっている最中に痛感したのですが*2、個人的に性的な描写から逃げるきらいがあり、今後のことを考えるならそれはよくないかな、と試した節があります。結果ぎこちないのは反省することしきりです。

・ラストはほぼこれです。最高の本なのでぜひ読んでほしい。

・アークナイツのSpeed of Lightはとてもチルくて佳い。歌詞も最高です。

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・後半にかなり詰まっていたところ、夢枕獏先生の『ゆうえんち』を読んで勇気と勢いをもらったのでした。ありがとうございました。……なぜ?

・提出して、揃った作品と比べてみると、ふしぎと直球でゲームの話をしているふうに感じられるのは不思議だなァと思います。

 

・と、そんな感じでした。

*1:仏門に入ったものの、てんで学問ができず苦しんでいた周利槃特というお坊さんが、釈迦の教えによってひたすら掃除することに専心し、やがて阿羅漢になりえた──悟りをひらくことができたとか

*2:

そして、小舟は海をゆく:『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』練習問題8~10 - 睡蓮亭銃声 の8-2を書いてる際に痛感した