睡蓮亭銃声

そしてロウソク。ロウソクがなくてはね。

舵を水につけてみる:『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』練習問題3-1,2

これまでのあらすじ:

simiteru8150.hatenablog.com

 

〈練習問題③〉長短どちらも

問一:一段落(二〇〇〜三〇〇文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文(間投詞や体言止め)は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。[英語の主語+述語という主体と動態の関係構造は、日本語にそのまま当てはまるものではないため、たとえばここでは、〈何〉について〈どう〉であるか、のように主題を対象とする陳述・叙述が成立していればよいものとする]
問二:半〜一ページの語りを、七〇〇文字に達するまで一文で執筆すること。

テーマ案:問一なら、ある種の緊迫・白熱した動きのある出来事──たとえば、誰かが眠っている部屋に忍び込む泥棒。問二は、一文がたいへん長いので、感情が力強くぐっと高まっていくさまや、おおぜいの登場人物が盛り上がってひとつになるさまが、ぴったりだ。事実でも架空でもよいが、ある家族の思い出はどうだろう。たとえば、ディナーの食卓や病院のベッドなどでの重要シーン。

問1

 

 山はしずかに憤っていた。狩人たちの枯れた肌もそれを感じていた。葉音はひとつも聞こえない。小鳥たちは息をひそめてじっと待った。虫たちは狸をまね、眠ったふりをする。木々は幹を揺すらなかった。正常な自然の脈動は止まっていた。なにかが目覚める。なにかが目覚めようとしている。暗い夜明けに似た予感がある。どれほど勘の鈍い男も胸に不吉を抱いた。吾作は濁った唾をのんだ。秋吉はするどく息を吐く。息は中空に青白く凍った。虎太朗は目やにを掬って弾いた。残雪にちいさな穴があく。規格外の獣が目ざめつつある。殺されず殺すよう、彼らは必死だった。一平はふと空を見上げる。太陽の下を鷲が飛んでいた。旧い唄のような、と彼は思った。二つの頃、母あが歌ってくれた。一平は次の月で四十になる。だが彼は背後の獣に気づかず、死んだ。彼を殺したのは郷愁か獣かは判らない。

 

問2

 

 ビルゲムのやつ、ほんとうに気が変になったのか、それとも恐怖のあまりに酒を呑みすぎて身体の中の恐怖を希釈しちまったのかは検討つかなかったけれど、とにかく、おれたちをあざ笑う嵐で大しけの甲板をひょこひょこ縦断してゆく足さばきはとんでもなく酔っ払っていて、おれはといえば雨にばちばち打たれながらも航行するために欠かしちゃならない幾本もの綱をそこらに縛って固定したり、ちぎれそうになっていんのをすんでのところでほどいてまわったり、それからもちろん強風やら甲板まで叩きつける高波やら船の揺れやらに足を取られたり取り返したりで忙しかったもんで、爺さんあぶねえぞ、と左肩に予備のもやい綱の一本をぐるぐる巻きながら声の限りに叫んではみたけれど、おおかたの予想のとおり、波音や船員どもが必死こいて取り舵やら帆の張りやらを指示するだみ声や、わずらわしい騒音のかたまりにかき消されちまって、おれ自身もまた別の船体を取り支える綱のひとつのほころびを見つけてどうにかしに行って、爺さんを目で追うことすらできなくなったものの、その頃からどうにも銃声や砲声がやかましく聞こえるようになり、というのは雲間からこちらに雨のよだれと風のうなりを噴きだしてくるあのにくたらしい風神の巨大なのっぺら顔にさかんに反撃がなされていたらしく、眉をひそめた風神のひと噴きにジムやブンダダやシラノといった連中があわれ海中へ吹っ飛ばされてしまうのが目の端に見え、こりゃどうにもならんなと綱を握りしめたところでふと雨の中空を飛んでゆくものをとらえたんだが、それはたしか船長が秘蔵していたはずの火酒で、ビルゲムのやつえらい鼻がきくんだなと見当ちがいのことを感心していたら、鳥目のマロリーがなぜだか雨中の瓶を撃ちぬいちまって、ってえのはたぶん船の揺れのせいだと思う、さておき銃弾はバッカスの祝福かウルカヌスの憤怒かは知らんけれど火炎をまとって飛んでゆき、それが偶然にも風神の左目をつらぬいて、天に大きな野太い悲鳴が響きわたったかと思うと、嵐が嘘のように去ってたので、鮫が砂糖水をかけられてくたばるあっけない様子をふと連想しながら、老人のやけっぱちも役に立つもんだと綱のぐるりを肩からおろすと、放心でとたん腰が抜けてしまった。

 

雑感

・問1の冒頭をけっこうお褒めいただいてうれしかった。個人的にはこの一文と残雪の描写は書きながらちょっと手応えがあった気がする。

・一方で、問1ラストの急転直下なオチはわりと意見が分かれた。個人的には「シリアスな調子の物語で起こる急な惨劇って、一周してなんか可笑しいよね感」を出したかったな、という考えがぼんやりあったので、これは失敗したと思う。

・問2についても、ひっちゃかめっちゃかな事が起こり、いろんな人が顔を出すのにすっと読めてよい、という評が多かった。ありがたいことです。物語の出来事としてはけっこう変なことをやっているので、もっとツッコまれるものかと身構えていた。

・問2について、「ル=グウィン先生が想定している模範解答って感じ」みたいな意見もちょこちょこあって、そちらも興味深かった。狙ってやってはいなかったです。というか他の方の外し方の冒険具合がすごかった。

・シチュエーションは相変わらず観たり読んだりしたものから適当に引き出しています。緊迫した狩猟の描写ってどうしても惹かれるものがある。ありませんか? 私はあります。あと、RPGで幽霊船や船上戦のイベントがあると嬉しくなる。

・そういや問2の鮫に砂糖水のくだりは北杜夫先生ですね。本当かどうかは知りません。

・『羆撃ちのサムライ』『邂逅の森』『羆嵐』『明日の狩りの詞の』とかいろいろ積んでいるものも読んでいかなきゃいけないよなぁ……。ホーンブロワーシリーズとか。(後者は古本屋でも滅多に見なくなったけども)